浪人・留年を経験した大学生が語る”自己成長”のための浪人・留年論

全ての大学生に向けて

どうも、トビタテ!留学JAPAN6期生のRem(@ry0_c3h7)です。

いやー、、、あっという間でした。
高校卒業したのが四年前だとは信じられません。

無事ストレートに大学に入学して、留年することもなく卒業した高校の同期はこの春からもう社会人になるんです。県庁職員や看護師になる友人、幹部候補生学校に入校する友達、大手製薬会社や大手飲料メーカーに入社する友人など、四年前はあんなに一緒にバカやってたのに、もう社会の歯車として働き出すんだなと思うとなんだか悲しい気持ちになります。

もちろん友人の中にも大学院に進学したり、そもそも六年生の学科に通っている友人も何人かいるので僕だけではありませんが、僕はあと2年も大学生(しかも学部生)をすることになっているんですよね。

理由は防衛大学校を諸事情で辞めて浪人したことと、留学による留年です。

今日は、ストレートに大学卒業した高校同期が就職していく中で、浪人・留年を経験してまだ学部生の僕が「浪人・留年」なんて気にしなくてもいいと思う理由を紹介したいと思います。

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僕は浪人、留年両方経験している

まずは僕のケースから。僕のブログを何度か訪問してくれている方はもうご存知かもしれませんが、僕は現役で防衛大学校理工学部に進学しています。もちろん第一志望として。

しかし人生はそう思い通りにいくものではありませんでした。突然訪れた止まらない動悸、自分の体が自分の体ではない感覚。
はい、病気にかかってしまったんです。そこで自分のこれからの人生を考えた結果、防衛大学校を去る結論を出しました。それが約3年半前です。

僕が国家公務員を辞めた理由

2017年2月17日

そこから病気の治療と並行して自宅浪人生活が始まりました。センター試験の1ヶ月前まで病気のせいもあって思い通りに勉強はできていませんでした。それでもなんとセンター試験で8割をとって地元の国立大学に入学したんです。この時の苦痛はもう経験したくありませんね笑

そして国立大学生になってからは、大学のプログラムを利用してフィリピンや台湾に研修やインターン、語学留学に行きました。そんな中で芽生えたのが、海外の大学で勉強してみたいという気持ち。

そこからTOFELをもう勉強してスコアを取り、交換留学の学内選抜を勝ち残り、現在アメリカ合衆国ワシントン州の大学で交換留学生として教育社会学を勉強しています。

防衛大学校生だった僕がアメリカの州立大学で学ぶことになった

2017年9月20日

と、僕は留年・浪人両方とも経験する訳です。もちろん、浪人留年する事情は人それぞれでしょう。第一志望の大学に合格できなかったからもう一年頑張る人、大学での学びでつまづいてしまってもう一年同じ学年をやり直さなくてはならなくなった人、それぞれの事情があることは重々承知です。

ですが、浪人や留年が決まった時に悲観するのは辞めてポジティブに考えてみませんか??
浪人や留年をポジティブに考えてむしろ浪人や留年したことをプラスにするんです。

浪人していなかったら今の自分はいない

僕は奇しくも第一志望であった防衛大学校をやめることになりましたが、僕はその選択を後悔していません。なぜなら、

防衛大学校を辞めていなかったら今の自分はいないから

防衛大学校をやめる時にいろいろ考えました。浪人は就職で不利になるんじゃないかとか、同い年の人より一年社会に出るのが遅れるのは不利だとか。今考えると本当しょうもない悩みだとは思いますが。

防衛大学校を辞めてからは、バセドウ病の治療のために3ヶ月間くらいはまともに勉強できませんでした。例えば、手の震えが止まらないからペンが握れない。入院生活ではなかなか勉強できる環境がなかったりとかね。

でもそんな苦しい環境の中でも、今の自分にできることをやり続け、なんとか国立大学に滑り込むことができました。

つまりもし今あなたが浪人をしているなら、その浪人生活をポジティブに捉えてください。辛いですよね?浪人生活。僕も浪人生活を経験しているのでわかりますが、浪人生活以上の精神の不安定さと辛さはありません。それを18歳という若い年齢のうちから経験できているんです。

それはいざ自分が社会人になった時に大きく役に立つんじゃないでしょうか。
「あの時ほど辛いことはなかった」「浪人生活に比べればまだまだ」なんて思えば、浪人生活以降の苦しいことなんて平気で乗り越えられちゃいますよ。

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大学を四年で卒業することが必ずしも正しいとは限らない

僕はこう思います。大学ってなんで四年で卒業しなければならないのかとか。
もちろん、親の負担もあるので一概には言えませんが、もし自分のやりたいこと、達成したいことが四年間で成し遂げられない場合、大学を四年で卒業する必要はないと思います。

僕は世帯収入でいうと平均以下の家庭出身ですが、今アメリカで留学をしています。それは自分がやりたいと思ったことを応援してくれる人がいるからです。(僕の場合はトビタテ留学Japan)

フィリピンで見た貧困で、僕の意識がかなり変わりました。今まで知らなかった世界が日本から一歩出ると見える。日本の当たり前は世界の当たり前ではなかったんです。

そして教育格差はフィリピンだけの問題ではなく、日本の問題でもあるってことを知りました。自分の経験もそうでしたが、生まれた家庭や地域によって格差が存在する、それが日本です。

教育格差ついて考えてみたい!けど、日本の大学では学べない。じゃあアメリカの大学で学ぶか!

って感じで留学を決めました。留学をすることで留年してしまうことは留学の躊躇する題材にすらなりませんでした。
なぜなら、「自分のやりたいこと」をやった方が楽しいことは明確だから。

むしろ、短期ではあったものの、フィリピンや台湾に留学に行って感じた海外で感じ取る情報の多さを分かっていた僕は、このまま日本で学び続けるより、アメリカに出て勉強した方が自分の学びたいことも学習できるし、自分の成長につながると思ったんです。

だから、留年=完全悪とは考えないで欲しいんですよね。むしろ、留年が決まってしまった時、留学すると留年してしまうような状況になった時は、「与えられた一年で自分はどう成長できるか」を考えてみてください。

それはぜったいそのままズルズル引きずってしまった自分より、はるかに人材価値のある未来の自分がイメージできるはずなんです。あとは行動あるのみですが笑

僕の場合、留学による留年ですが、世界に出てみると「ボランティアで留年」「インターンで留年」している学生がたくさんいます。日本社会というちっぽけな枠組みで考える必要はないんです。自分を求める場所って、意外と海外にあったりするかもしれませんからね。もしろ日本だけなんじゃないでしょうか、大学をストレートで卒業することがすごいことだと考えているのは。

もちろんストレートで卒業することは良いことです。しかし、その中で寄り道をして成長してもいいと僕は思うんですよね。

不本意で留年してしまった人も、ぜひ自分を変える何かを探し、それを実践してみてください。

他人を意識しすぎないこと

アメリカにきてからこの考えを顕著に持つようになりました。

僕はアメリカだと〜とか、アメリカは〜とうのが好きではありませんが、これだけは言わせて欲しいです。「日本人は他人を意識しすぎ」なんですよん。
これまでの教育が、他人と足並みを合わせて生きることの大切さみたいなものを擦りこまれた結果、僕たち日本人はマジョリティーがやることが正しいと認識しがちです。

ですがアメリカは、他人は他人、自分は自分と考える人が多いです。挑戦に年齢は関係ありませんし、自分が成長するためだった30代であっても大学に入学する人がたくさんいます。

「他人は他人、自分は自分」と考えることは一種の甘えであると思いますが、僕はその考えは自分のキャリアを形成する上では大切なマインドだと思っていますだって生まれた年が同じって理由だけで、みんなと足並みを揃えて歩く必要ってありますか?

死ぬ年齢は違うんですよ?ゴール地点が違うなら、ゴールに向かうまでの過程は人それぞれではないですか?それをたかが一年卒業遅れるくらいで悲観的になるなんてばかばかしいですよ。他の人は四年間で社会に必要とされる人になった、自分は四年では足りないから一年修行しよう、その程度の違いですよ。

てか社会に出るのが数年遅れたのなら、定年後数年働けばいいやくらいに思えばよくないですか?笑
ま、公務員志望ならキャリア形成を考えるとやめた方がいいかもしれませんが。

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自分の人生は他人と同じではない

100人の人がいたら、100通りの生き方があるんです。

何千という企業から就職先を選ぶように、大学生活に5年間費やす生き方を選んでも良いと思います
しかし、今の日本はまだ封建的、保守的であることも事実。

そもそも浪人・留年しているから取りませんというような未来のない会社には行く価値はないんですよ。

個人の能力、自分にできること、自分がやりたいことを明確にして、ぜひ自己成長のための浪人・留年にしてみてください

きっと後悔することはないですから。

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