将来どうなりたいのか人生計画を立ててみた

意見

どうもみなさんお久しぶりです。
ここ一ヶ月間ほどブログの更新が滞っていましたが、その主な原因は今取っている授業が面白すぎて、勉強に励んだり、クラスメートと遊びに行っていたからです。

このブログも月に30000PV以上みられるように成長している真っ只中で、ブログを全く更新しないのも勿体無いので今日は、自分がこれから先どう生きていくのかを文字に起こしておきたいと思います。

Rem
この僕の自己満足のためのブログがここまで成長できたのもみなさんのお陰です。運営報告はもう書いても意味ないので書きませんが、この場を借りてお礼を申し上げます。
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あっという間に22歳になってしまった

誕生日は四ヶ月前なんですが、僕もとうとう22歳になってしまいました。学生という身分であるとはいえ、僕も社会人として自覚を持たなければならない年齢です。

おめでたいことに結婚をして子供を産んだ中学校の同期もいます。そして高校同期も、最近買収で何かと話題の○田製薬、ほろよいで有名なサ○トリーなど、名だたる就職したり、地元の県庁や市役所に公務員として戻って来たりしています。

そんな中僕は何をしているかというと、アメリカで絶賛モラトリアムを満喫中。最近よく両親以外の親戚によく言われるんですよね。

周りは就職しているんだから」とかね。まあ、留学費用は全てトビタテ留学JAPANという給付型の奨学金で全て補っているとはいえ、帰国後は22にもなって実家に居候して日本の大学に残り一年半通うわけですよ。

親の負担と心配を考慮すればそう言われるのも頷けます。はい。ごめんなさい。

高校卒業してからの四年間で色々考えた

僕のブログを何度も見てくれているかたはもうご存知だと思いますが、僕は高校卒業後すぐに第一志望であった防衛大学校に進学しています。

僕が国家公務員を辞めた理由

2017年2月17日

そこをバセドウ病という病気になって辞めて幹部自衛官になるという夢を失った僕は、同じ人のために何かをしようということで通院手術の関係もあって地元の国立大学の教育学部に進学しました。

ただ、その教育学部で学ぶことへの違和感や、フィリピンへの短期留学を通じて今まで全く興味のなかった海外への興味が湧きました。

そして英語の猛勉強の甲斐もあって無事交換留学の権利を獲得。本当は上海交通大学に行きたかったんですが、点数が足りず、アメリカのリベラルアーツカレッジへ留学を決定。

ずっと中華圏に憧れていた僕は、最初アメリカに行くことに関してかなりナーバスになっていました。しかし、アメリカに来てから一転。。。

そこからは刺激的な生活でした。異文化の中での生活、語学面での苦労、日本では学べないであろう最先端の社会学の知見に触れたり、勉強面での楽しさはすごいです。日本の大学での学びを1としたら、アメリカでの学びは100くらいあります。盛りすぎかと思いますが、本当にそのくらいアメリカでの学びは楽しくて発見がたくさんあります。留学を迷っている方がいたらぜひ行ってください、後悔はしませんよ。

約一年のアメリカ生活(とは行ってもあと二ヶ月ほど残っているんだけど)の中で、一番自分の人生や価値観に影響を与えたのは、”自分のために人生を生きる”ことの大切さです。

日本だと、小中高とみんなと同じように教育を受けて、働き出したら税金を払って65歳から少ない年金をもらっていずれ死ぬ。しかも日本の大半の大人が身を粉にして働いているのに十分な賃金ももらえていない。つまるところブラック企業というやつです。

日本という資本主義国家に置いて、強者がいれば弱者がいるのは当然のことで、その社会構造に早いうちから気づけた人間はスポーツや勉学に励みますよね。それはアメリカも全くもって同じです。

しかしアメリカと日本の大きな違いは、18歳以上の人間に与えられるチャンスの違いに驚きました。日本の場合、年功序列という制度が強く根付いていますよね。アメリカの大学には30歳の人もいます。大学に行くことが、キャリアチェンジのためにうまく機能している訳です。

つまり何が言いたいかというと、自分のペースで頑張ればいいじゃんっていうことに気づいたんです。僕は高校同期に比べると年齢的にも日本では不利に働くだろうし、学歴も大した大学ではありません。

ただ、他の同期とは二歩三歩遅れた人生を送っている僕は、そのことが悩みのタネの一つだった訳ですが、そんな小さいことを気にしなくなったのは大きいです。

日本だと二浪三浪の年齢は就活で不利だとか色々言われていますが、何も内資企業だけに焦点を当てる必要はないんですよね、そもそも。てか、年金も十分にもらえるか不透明な僕たち世代は、一つの企業が生涯面倒を見てくれると思うこと自体がダメなんです。

自分がやりたいように生きれば良い、それでいいと思うようになりました。なんかまとまりのない文章になりましたね。いずれリライトします(するとは行ってない)

高校を卒業してからの四年間、全く後悔していません。むしろ、防衛大を辞めて正解だったとすら思っています。

自分の選択した選択肢が正解だったと思えるようにする。これがアメリカ留学で得た一番大きな収穫ですかね。

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今後10年の展望

僕は二ヶ月後にアメリカの大学を学位号付きで卒業、つまるところアメリカの大卒資格を得る訳です。日本の大学を卒業する必要はないんです、実際。だけど僕は日本の教育学部も卒業するつもりです。

なぜなら、アメリカで学んだ教育学、教育社会学、社会学の知識を元に日本の学校で教育実習をしてみたいから。そこから日本の教育の問題点、良いところを再発見し、その集大成として専門の教育社会学の観点から卒業論文を書きたいと思っているからです。

それが僕の短期目標。

そして次は僕の中期目標。それは外資系企業へ就職すること。そしてできれば香港やシンガポール、台湾で駐在勤務をすること。英語も中国語もできるので、その夢はなんとしても叶えたいと思っています。元々中華圏への留学を希望していたので、中華圏へは駐在勤務という形で滞在したいです。

と、ここで疑問を感じた方もいるでしょう。教員にならないの?って。答えは分かりません。実際人に何かを教えることは好きだし、教員にもなりたいなと思っています。ただ後述する僕の長期目標を達成するには、教員という選択肢はどうしても自分の可能性を狭めてしまうので、大学卒業後すぐには教員にはなりません。教員免許の期限は発行から10年あるので、その間で色々考えてみます。

さて、次に長期目標ですが、それは32歳までに香港かシンガポールの大学院でマスターを取ることです。今考えているのは、教育学です、教育について考えるのが好きなので。それかMBA。こういう選択をすることは日本では考えられないんでしょうが、僕はもう自分がやりたいと思ったことは躊躇なくやると決めたので。そう、つまりお金が必要な訳です。教員の給料では大学院進学に必要なお金は貯まらないと思います、だから教員にはならないかもしれないって感じですね。

そして最終目標は40歳でリタイア。こればっかりはかなりの理想ですが、最終的には投資家という職業に落ち着きたいと思います。ここ一年で10万円が280万になりました。ビギナーズラックかもしれませんが、僕なりに一年間投資に関しては猛勉強したので、これをコツコツ続けていけたらな〜と思います。もしなれなかったら盛大に笑ってください。ただこれも絶対に叶えます。

ただし、投資にはリスクもあります。それは重々承知です。ここ一年投資をして痛い目にも何度か合いましたし。そう行ったリスクを回避するためにも、英語や中国語、ひいては教育など自分を助けてくれるような選択肢を残して置きたいなと思っています。

ちなみに結婚は35までは絶対にしません。35歳までは自分のためだけにお金を使いたと思っているので。てか子供やお嫁さんがいたら海外の大学院なんて相当厳しい道のりになるはずですからね。笑

こうして自分の目標を口に出すは重要だと思う(小並感)

今回のブログはかなり自己満足的な記事になってしまいました。僕に興味のある人以外、こんな記事をみたところでって感じなのは重々承知です。

しかし、僕は留学に行きたいなと思った瞬間から、家族友人全員に「俺留学するから」と声を大にして言っていました。そしてそれが実際に叶った。声に出すことで自分自身を奮い立たせることもできるし、胡散臭いですが引き寄せの法則って本当にあるのかもしれません。ただの精神論、結果論でしょうが笑

今回は、僕に関わりのない第三者へも変な宣言をしてしまったわけでありますが、10年後にこのブログの記事をみてどのくらい達成できたか確認するのがとても楽しみですね。まあ全部達成していると思うんですが笑

待ってろよ〜10年ご、20年後の自分!!!

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