大学は学ぶ場所、何歳でもあっても大学を受験し学ぶ権利はある

意見

どうも、トビタテ!留学JAPAN6期生のRem(@ry0_c3h7)です。

ロンドンブーツ1号2号、通称ロンブーの淳さんが残念ながら青山学院大学に合格することができなかったみたいです。

僕はこの挑戦を耳にしていた時から密かに応援していたので残念ですが、彼の挑戦を批判する人が多くて非常にびっくりしました
今日は、高齢受験の批判がいかに愚かで生産性のない馬鹿げたことであるかを書いていこうと思います。

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40代での高齢受験にまずはアッパレ

お笑いコンビ「ロンドンブーツ1号2号」の田村淳(44)が3日放送のインターネット放送局AbemaTV「偏差値32の田村淳が100日で青学一直線~学歴リベンジ~」(土曜・後10時)で、受験した青山学院大の入試が全て不合格だったと公表した。スポーツ報知の取材に対し、「青春を味わせてもらった時間でした」と合否発表後の心境を明かした。

引用:Yahoo!ニュース

まずは淳さんにお疲れ様でしたと伝えたいですね。たった100日での挑戦は無謀であったかもしれませんが、それでも彼なりに努力したんだと思います。

芸能人であるのにかかわらず禁酒をし、1歳の娘を抱えながらの受験は思ってもいなかったような障壁がたくさんあったことと思います。

さて、この淳さんの一連の受験騒動?を受けて、各方面でいろいろな批判がされているみたいです。

彼の大学受験は本気ではなかったのか

まず一番多い批判が「本気での受験ではない」という意見。

「この発言により、彼の大学受験が本気ではなかったことがバレたも同然です。もっとも当の本人はそれに気づいていないでしょうけどね。真剣に大学を受験した人なら、本当に解放感を得られるのは合格発表の後だということを知っています。受験後は解放感どころか、合否の分からない宙ぶらりんの状態に心は落ち着かず、しかももはや努力を積み上げることもできないため、何とも言えない無力感に襲われるもの。しかし田村の場合は『自分が受験勉強している過程をテレビで見せる』ことが青学を受験した理由ですから、受験が終わればミッションは終了。これでゆっくり寝られるというお気楽ぶりには“人生を懸けた真剣勝負”という悲壮さは微塵も感じられませんね」

引用:ASAGEI plus

まず、こんな幼稚な記事を生業にして生きている人間がいることに驚きますが、この類の「淳の受験は本気じゃない」「大学受験を舐めてるんじゃないか」「MARCHを舐めてる」といった批判こそが、僕は現代日本の社会構造の闇だと思います。

てか40代での受験と10代での受験の状況を同じにしている時点で、お察しですけどね。

40代で受験して、そして彼には芸人という本業があるんですよ?受験日程が終わればホッとするのは当たり前でしょう笑

誰にだって大学に行く権利はある

そもそも大学というのは義務教育ではありません。行く必要なんてないんです。

大学を受験するのは何も18歳や19歳といった若者だけである必要性なんてないんです。
一番わかりやすい例が、大学には受験年齢の制限がされていないことですよね。

つまり、「淳の受験は本気じゃない」という批判は、「学びたい人が大学に行く」という大学の根底にある理念をガン無視している批判なんですよ。

彼が大学にいって学びたいと思った理由の一つに、スタンフォード大学に訪問したことがあるそうです。世界の超一流の頭脳に触れて自分も学びたいと思ったそうですよ。もちろん、彼は学歴社会を批判することが時々あるので、彼なりにコンプレックスがあったのかもしれません。

しかし、理由はどうであれ「学びたい」と思った淳さんには大学受験の権利は当然あるんですよ。
それを「本気じゃないから」という理由で批判するのはどうなんでしょうか?

とりあえず大学に行く18歳よりも、学びたいから大学に行く40代の方が日本社会のためになる気がしますけどね。

アメリカの大学には還暦すぎたおばあちゃんや、30代のシングルマザーもいるんだぞ

僕はアメリカかぶれみたいな「アメリカは〜」と話すのは嫌いなんですが、今回だけは使わせてもらいますね。

「アメリカの大学には、ママがいたり、30代のおっちゃんがいるのは当たり前だぞ??」

先ほどにも述べた通り、学ぶ権利は誰にだってあるんです。まあアメリカは簡単にキャリアチェンジできるので、日本とは状況が違うと言われればそれまでですが。

しかし裏を返せば、日本社会でのキャリアチェンジではなく学びたいから受験をした淳さんの行動ってすごいと思いませんか?

「受験生の貴重な枠を奪うな」といってる奴は、大学の存在意義を履き違えていますよ。恥ずかしくないんですか??

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そろそろ大学は転換期を迎えるべきではないのか

日本の大学の能力至上主義は、確かにこれまでの日本の発展を支えてきたのも事実です。それを簡単に変えるのは難しいでしょう。

しかし、センター試験廃止とあるように、日本の大学は大きな転換期を迎えるべきなのかもしれません。

ある程度の学力は考慮しつつも、本人の学びの意欲を見る入試形態って何かないんでしょうか。アメリカを参考にしてみたりするといいのかもしれませんね。

淳さんも言っていますが、

学びの機会は誰にでも開かれるべきです。それが本来の大学のあるべき姿ではないでしょうか。

教室の後ろで携帯を弄るようなゴミ大学生も減るのでは???

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